TOYONAKA ビジョン22


第5号 2002年4月リリース

特集 ニュータウン解体新書


 「ニュータウン」という言葉の響きに魅力が感じられなくなったのは、いつの頃からだろうか。かつて、ニュータウンは夢の街、ある種のユートピアだったはずではないのか。
 日本で最初の大規模ニュータウンとして造られた当初、千里ニュータウンは中流階級の憧れをそのまま実現した街だった。広い道路、数多く点在する公園と豊かな緑、日常の買物を快適に済ませられる近隣センターや地区センター、ステンレス製の流し台を備えたダイニング・キッチン…。周到に用意された「器」が、そこにはあった。人々もまた、「器」を求めて街にやって来た。都心に勤めるサラリーマンの夫、専業主婦の妻、子ども…。典型的な核家族の生活の場であった。だが夫や妻は年老いてリタイアし、子ども達は大きくなって新たな世帯をかまえる。当然それぞれの暮らしのかたちも変化し、新しくなっていく。「器」もともに変化し、暮らしのかたちに適合することはできるのだろうか。
 ニュータウンは花壇に喩えられるかもしれない。種が蒔かれてしばらくはスペースも土の栄養分もふんだんにあるので、それぞれの草花が美しい植栽を形成し、実った種子や飛来した種子が芽吹くこともできる。だが、歳月を経ると互いにひしめいて思うように茎や枝を伸ばせず、しおれ出す草花も目につき始める。実を結んでもこぼれた種子や飛んで来た種子が発芽できる余地はほとんどない。一方、土の中でも伸びた根が複雑に絡み合っている。当初は満ち足りていたものがもはや充分でなく、新しい草花が暮らすことも難しくなっているのである。歳月を経た草花どうし、あるいは歳月を経た草花と新たな草花が共生し、調和する方法の模索が必要ではないだろうか。
 当初の計画と、変化したライフスタイルの不一致がうっすらと浮かんできた頃から、「ニュータウン」の言葉は色褪せ始めたのではないか。完璧な「器」だったニュータウンの生活のどこが、暮らしのかたちに合わなくなったのだろうか。草花がもつれ合うのではなく、互いを支えることはできないのか。しおれそうな草花は、どうすれば再び活き活きと暮らせるのか。新しい種子が芽吹き、歳月を経た草花と共生していくことはできないのか。土が大地と同様に有機的に働くには何が必要か。栄養か、空気か、それとも土自体が入れ替わることか。草花の花壇に対する愛着がうまく反映され、花壇自体も周囲と共生しながら香気を漂わせることはできないのだろうか。
 本号のねらいは、千里ニュータウンを中心としたニュータウンを、内側と外側、過去・現在・未来といった様々な方向から解体し、検証することである。時代の最先端を行く街として造られたニュータウンでは、現代社会の抱える問題が先鋭的に見うけられると言われている。実際、千里ニュータウンの豊中市域部分では市内の他の地域よりも少子高齢化が進展し、一世帯当りの家族数も少ない。ニュータウンのあり方について考えることは、既成市街地をはじめとする都市のあり方について考えることでもある。
 ニュータウンは、街びらき当初はもっぱら「器」と「器の中にある生活」としてハード面から論じられることが多かった。しかし、これからは「人」と「人をとりまく生活」を中心に据えて論じられ、新しい有機的な街のかたちを作りあげていくことを願ってやまない。


特集:ニュータウン解体新書

千里ニュータウン−回顧と展望 豊中市政研究所 理事長 大久保昌一

千里丘陵、類まれな可能性 大阪市立大学教授 土井幸平

現代社会の矛盾の象徴としての郊外ニュータウン マーケティングプランナー 三浦展

ニュータウンのジェンダー変容 京都文教大学教授 西川祐子

住民が演出するニュータウンの黄昏 三重短期大学講師 柏原誠
 トピックス

多摩ニュータウンの地域通貨「COMO」 COMO倶楽部 岡ア昌史

新千里東町社会実験 「ひがしまち街角広場」 関係者による座談会の記録
エッセイ〜豊中に想う〜

楽しんだ「豊中市子ども議会」 且ゥ然エネルギー・コム取締役 山藤泰

“まちづくり”に生きて 〜自治体職員としての想い出〜 豊中市政策推進部長 芦田英機

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